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お兄ちゃんと洋楽のお話。

やあ、ヤマグチジロウだよ。

音楽の趣味って数あると思うけど、「こういう人はこういう音楽聴いてるよね」っていう共通点とかあったりするよね。カラオケの選曲みて人となりが分かるみたいなね。
その中でも一際僕の心に引っかかっているのが「友達のお兄ちゃんはだいたい洋楽を聴いてる」ということ。
皆さんの中にも、友達の家に行ったら洋楽のCDが並んでいたり、友達のお兄さんに送ってもらった車内でよく分かんないけど洋楽が流れてたこと、ないですか?
(……ここで言う「お兄ちゃん」は基本的に長兄のことを指しますね。いろいろとややこしくなるので。)
例えばB'zの稲葉浩志は兄の影響で洋楽を聴くようになったそうだし、伊藤たかみの「ぎぶそん」という小説でもガンズ・アンド・ローゼスの存在を教えてくれたのはバンドメンバーの兄だったりと、洋楽を教えてくれるアイコンとしても非常に多く感じられる。
僕個人の話をさせてもらうと、昔組んでいたバンドのメンバーの家に行くと、共用のオーディオの周りに彼の兄のものだというグリーンデイやマイケミなどのCDが転がっていたし、また別のメンバー(こちらは弟がいる。つまり本人が長兄)も、「最近クラッシュ聴き始めたんよねぇ~」などといろんなアーティストを僕に見せてくれたことが何度かあった。

などなど、友達のお兄ちゃん。もとい、多くのお兄ちゃんは洋楽を聴いているということはもはや共通のアイコンとして勝手にここに掲げるとして、ではなぜそういうケースが多く散見されるのか。
まず洋楽のイメージから追求してみよう。「歌詞が分からないからつまらない」、「邦楽と比べて音の厚みがあってかっこいい」、「英語ってだけでなんかかっこいい」、「とにかくかっこいい」という、まあホントにイメージだけで言うとこんな感じになってしまうのですが、つまりは「なんかかっこいい」。これって日本特有なんですかね?
ではその「なんかかっこいい」になぜ世のお兄ちゃんたちは惹かれてしまうのか。ぶっちゃけて言ってしまえば、十代ってそんなもんじゃないですか? なんかかっこいいものにふらふらと行ってしまいがちではないですか? タバコとかお酒とかに手を出しちゃわないですか?
では次にお兄ちゃん、長兄のイメージ。「長男のイメージ」でググればトップにそういうアンケートの集計結果が出てきました。インターネットって便利です。「責任感が強い」、「面倒見がいい」、「しっかりしている」、「真面目」このあたりが上位に入ってますね。
昔、血液型別に特徴を書いた本がものすごく流行って、その派生系として長男だったり末っ子一人っ子の特徴を書き出した本があったよね。もう10年近く前になりますかね。当時ただただ暇だった僕はそれを片っ端から立ち読みしたり、友達が買ったものを読んだりしたけど、確かに長男といえばこんな感じの言葉が並べられていた記憶がありますね。
加えて、男というのは見栄っ張りである。ああ、総じて見栄っ張りである。さらに弟妹と年下に囲まれていたらその見栄っ張りに拍車がかかってもおかしくない。いつだってかっこよくて頼れるお兄ちゃんでありたいもんな。
そして、長男というものはとても特別な存在である。とりわけ日本ではその特徴は大きく感じられる。そんな周囲からの見えないプレッシャーから逃げたい。かと言ってグレてしまうには前述の責任感の強さからできない。そういう環境が多少なり捻くれた性格にし、タバコやお酒に手を出す代わりに、音楽にアイデンティティがある人が分かりやすくかっこいい洋楽に流れてるのではないかと予想してみたり。

だが、この予想があっているとして、それだけではただお兄ちゃんが洋楽を聴いているという事実だけだ。今回のテーマである、お兄ちゃんが洋楽を聴いているというイメージというのはどこからきているのか。
兄弟がいるということは物を分け合うということが必須になってくる。
事実、長い間一人っ子として活動してきた僕には分け合うという精神があまりない。むしろ一人占めしてしまいたい気持ちさえある。だから複数人でいる中一人で小魚アーモンドを平らげてしまうのだ。その事実に気付いていながらも、それをどうやって分け合っていけばいいのかが分からないのだ。
だが兄弟がいれば違う(と思う)。小さい頃からお菓子を分け合いおもちゃを分け合いしてきた兄弟ならば、物のみならず、情報をシェアするということも最早日常だと言えよう。
だから「兄ちゃん最近音楽何聴いてるの~?」と訊かれれば「実は最近洋楽を聴き始めてねえ」と答えることができるのではないか。
一人っ子はそんなこと訊かれても、まともに答えたくない(これは僕がひねているだけかも知れない)。

つまりお兄ちゃんは、日常からの逃避行動と少しばかりの見栄が合わさって洋楽に手を出し、その情報を割と簡単に共有するから「お兄ちゃんはだいたい洋楽を聴いている」というイメージができあがっていったのではないだろうか。

いつにも増して情報が散らかってしまった感は否めないし、内容のほとんどが僕のイメージ頼りになってしまっていてスッカスカで風が吹いたら飛んでいってしまいそうだけどいいんだよ、これは僕のブログなんだから(常套句)。
つまり何を言いたいかっていうとね、世の中のお兄ちゃんたちにはこれからも洋楽を聴いていてもらいたいなってことだよ。

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by biryou-sanso | 2015-09-22 10:44 | お話。

言い訳と朝食のお話。

やあ、ヤマグチジロウだよ。

夏が過ぎてどんどん朝が眠い季節になっていきますね。僕は通年そうですが。
朝といえば皆さん朝ごはん食べてますか? 僕はどうもめんどくさくて食べずに済ましちゃうんですよね。

だいたい朝の身体が起きて間もない時間にガッツリと食えるかって話ですよね。胃腸がアレになっちゃいますよ。アレに。実際、歳を取って内臓が弱ってくると朝ごはんを控えるように勧める医者もいるようですからね。マイグランマも胃が弱ってるから控えましょうって言われたらしいし。
それでも今現在世の中を取り巻く『朝ごはんを食べよう!』、『一日三食で健康な食生活を!』っていうのはなんでなんでしょうかね?
『朝ごはんを食べると頭がスッキリする』? まあ、そりゃエネルギーと共に朝から胃腸をゴウンゴウン動かしてたらそりゃあいい運動になるとは思うけどね。でもそれなら野菜ジュースやウィダーでも飲んで軽くジョギングでもしたほうがよっぽど健康的だと、僕は思うのですよ。
『朝ごはんを抜くと太ってしまう』? なんでも朝ごはんを食べないとその分昼と夜で補おうと余計にカロリーを摂取してしまい、太ってしまうだとか言う話を聞きますけどね。それだって「昼と夜の分で補えるんだったら朝ごはんいらないじゃん」って、僕みたいなひねくれピープルは揚げ足を取ってしまいがちなんですよ。例えそれで太ってしまったとしても、恐らくそれは朝ごはんを摂らない生活に慣れてないだけであって、数ヶ月もすれば昼夜の2食でもそれまで通りになると容易に予想できてしまうしね。

そもそも朝ごはんってなんじゃ! どういう文化なんじゃ! という話なのですが、昔々から一日三食というものはあるにはあったらしい(紀元前のローマでは満腹になると吐き出してまた食べるという倒錯的な食事事情なんかがあったとかなんとか)のですが、その全てが貴族のような富裕層によるものであり、長い歴史の中で庶民はだいたい二食だったといいます。まあ、現在の我々庶民でも貴族のように食事ができるようになったと言えば聞こえはよろしいですがね。
そこで僕は王子ではないけれど、アイスクリームを召し上がりながらこう思うわけです。
『いつから庶民は一日三食を摂るようになったのか』と!
これもまあ~、諸説あるんですが。ここは僕のブログなので僕の大好きな説で話を進めようと思います。

かの発明王、トーマス・エジソンがとある取材を受けた時の話です。当時既に白熱電球等の普及により有名な発明家だったエジソンに記者はこんな質問をしたそうです。
「あなたのような天才になるには一体どうすればいいのですか?」と。
するとエジソンは答えます。
「簡単なことさ、一日三食食べればいいんだ」
このことを記者は文章にまとめ、その情報は瞬く間に広がり、「あの天才・エジソンが言うのなら間違いない」と一日三食の文化が広まったといいます。

とまあ、うろ覚えなんで不足や脚色もあるでしょうが、だいたいこんなお話です。
しかもこれ、エジソンが当時発明した電気トースターを、ひいては自身の送電システムを売るためにした話というだけで、エジソンが実際に三食食べていたという話は分からないんですね。まったく、今度会ったら聞いときますね。
そしてそのトースターが発明されたのが1911年で、少なくともこの話はそれ以降にあったということになって……たった100年ぽっち!
後に日本に伝わったということを考えれば日本では100年足らずの文化だということなのですよ。
そんな100年ぽっちの文化を持ち上げてさも当然かのように「朝ごはんを食べましょう」などと言えたものですよ!

ちょっと待ってよジロウさん、朝餉って言葉があるじゃない? それって昔から日本では朝ごはんを食べてたってことじゃないの?
はいはいお答えしますよジロウさん。昔の朝ごはんと現代の朝ごはんではちょっとばかし意味合いが変わってくるのですよ。
昔の庶民は大体が百姓で、畑仕事を生業にしていた人がほとんどだったわけですね。今も昔も畑仕事は朝が早い。夜明けと共に畑に出て、作業をし、腹が減ったなあ作業もひと段落ついたし、なんか食べようかと食べる食事、これが朝餉だったと。
そして夕餉。これは今でいう夕飯、夕食ですかね。しかし当時といえばまだ電気もなく、夕暮れと共に一日の活動を終える人がほとんどだったはずです。つまりそれまでに夕餉を済ませていたということでしょう。
さらに昼餉。一応、言葉としては存在するのですが、あまり一般的なものではなく、前述のように富裕層の方々の間食がこれにあてがわれたそうです。
つまり、朝餉が9時~10時頃、夕餉が17時頃。この二食が昔の日本のスタイルだったのではないでしょうか。

今現在、夕食を17時頃に摂るお宅がありますか? ……その、あるにはあるんだよ、親戚に漁師がいるのでやっぱり朝が早くて17時くらいに夕飯取っちゃうんですが、そういうレアケースを除き、普通に朝出勤・登校して、帰ってきて寝る。となると昼食は12時頃だとしても、夕食は早くても19時くらい? ウチの実家なんかはお店やってたんでお店閉めて掃除して片付けして20時くらいに夕食だったんですが。いずれにしても朝餉が昼食となってズレた分、夕食がズレたと考えればまあ、自然なものですよ。
だがしかし、ここに新たに朝食をぶっ込もうものなら、僕らの胃腸は悲鳴をあげてしまいます。「少しは休ませてくれよ」と。

総合すると、ここ100年で広まったような胃腸を痛めつけるような文化を、ただ頭がスッキリするからとかそういう理由だけでやってられるか! ということです。
なぜ僕がここまで調べたり考えたり想像したりしてまで朝食を非難するのかというと、
朝ごはんを食べるのがめんどくさいからです。
ただそれだけなんです。それでは。
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by biryou-sanso | 2015-09-05 12:20 | お話。