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ヤマグチジロウと山本昌のお話。

やあ、ヤマグチジロウだよ。

僕が中日ドラゴンズのファンだっていうことは、今さら説明する必要もないことだけれども。今年、その歴史にひとつ区切りがついたんですよ。
ご存知、山本昌の引退。
それにより、僕がファンになった時からドラゴンズにいた選手が居なくなったということだね。
まあ、山本昌が平凡な選手だったならこの区切りは10年前程に訪れていたのだろうけどね。そう考えると改めて偉大な選手だったということが分かるよね。

僕が始めてドラゴンズを意識し、そしてファンになった時っていうのは、所謂第一次高木政権(第二次がつい最近だからこの人も大概おかしい)の時で、僕はまだ小さな小さな子供だった。そんな僕を野球場に連れて行ったのがドラゴンズファンである叔父だったのです。
その試合の、どこに魅せられどこで惹かれたのかは全く覚えていないのだが、気付けば僕はドラゴンズのファンになっていたということです。
だからそれより前からドラゴンズにいた選手が、今まで山本昌だけだったということだね。現在在籍年数が一番長い荒木が入団した時のカードとか平気で持ってたからね。

この試合のことをつい最近までおぼろげな記憶しかなかったのですが、時代は進みインターネットというものが広まった現在。過去のプロ野球の記録をこれでもかと集めた、見てるだけで時間が過ぎてしまうホームページの手により、記憶ではないが記録を掘り起こすことに成功したのです。
「確かあの頃はヘンリーっていう外国人がいたんだよな」→ヘンリーが在籍していたのは1994年だけ→候補を1994年に絞る。
「連れて行かれたのは広島市民球場だったので、対戦相手はカープ」→26試合までに絞る。
「対戦成績は中日に勝利。確か5-2とかで勝ったと思う」→中日が5点で勝った試合は2試合。そのうち広島市民球場で行われたのは1試合。
といったように当時の記憶を搾り出した結果、なんとかその試合を特定することに成功したのですよ。

それが9月13日 中日対広島第21回戦だったのです。
このリンクを見れば分かるとおり、先発投手がなんと山本昌(最近まで知らなかったんだけどね)!
ここまでくるとなんか運命めいたものを感じませんか! 感じませんか? そうですか。
とにかく僕は感じたんですよ、運命を。

山本昌といえばもうひとつエピソードがあって、時は流れて僕が中学生だか高校生だった時です。
当時山本昌は成績不振で二軍落ちしていました。その時もう40に近い年齢だったので、「ああ、姿を見れるのは最後かも知れないな」と思った僕は、カープの二軍本拠地、由宇球場まで行ってその姿を目にしたわけです。
……その時は本当にこれが最後だと思ったんだよ。だって考えても見てよ。そこから40歳でノーヒットノーランしたり、2桁勝利を2、3回記録するなんて思わないじゃんか! 約10年後に神宮球場で再び投げる姿を目にすることになるとは思わないじゃんか!
それほど常識外れの選手だったんですよ! 昌さんは!
とまあ、そうなると幼少期、思春期、青年期と3回。約10年周期で昌さんを目にしてきたことになりますね。その初めて見た時でさえ入団から10年経とうとしていたわけだからね。いやあ凄い選手だ。

と、いったところで、当初の予定では当時のドラゴンズについても思い返しながら書こうと思ってたんだけど、昌さんと僕のエピソードだけで結構な量になってしまったのでそれについてはまたいずれ。
上記の初めて見た試合でホームランを打っている大豊だったり、この人も40歳近い歳でホームラン王獲ったりつい最近までやってた山崎武司だったり、僕の本当に大好きな今中だったり、きりがないのでね。またの機会に。

(いつにも増して文章が散らかってるなあ……)

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by biryou-sanso | 2015-10-13 11:13 | お話。

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